3分あれば読めるエッセイ「命の選択」

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俳優の三浦春馬さんが亡くなったという速報ニュースを見た。

かなり大きな衝撃を受けた。私より一歳年上。たくさんのファンがいただろう。

テレビの中の人なので、どんな悩みを抱えていたのかどんな状態だったのか、私が知ることはない。

誰かが自殺したと聞くと、私はいつも考える。

もし私がその人にとって身近な人だったとしたら、自殺を止めることができたのだろうか、と。

私の父も、私が高校生のときに自殺して亡くなっている。自殺を選択するほどに辛いことがあるという事実を、私はまだ知らない。

結婚して早々に鬱病になった経験はあるが、自殺したいと思わなかった。自殺した後、残された家族がどうなるのかを知っているからだ。

父が亡くなった当時、私の両親は別居していて離婚の調停中だった。私は母と一緒に生活していて、家を出てから父には一度も会っていなかった。次に会ったときには、父は棺桶の中だった。

もし父のそばにいたのなら、父の自殺を止めることができただろうか。

何度も繰り返し考えた。

「死にたい」とか「消えたい」と言う人がいると、私はその気持ちに寄り添うことができない。つい熱くなってしまって「死にたいなんて言うんじゃない」と言ってしまう。実際に、友人に言ったことがある。だけど、言葉では何も伝わらない。私も、死にたいほど辛い相手の気持ちをすべて理解してあげることはできない。

おそらく、私が父のそばにいたとしても、父の死を止めることはできなかっただろうと思う。父との仲はよくなかったし、私は父が嫌いだった。思春期の「お父さんなんて嫌い!」とはわけが違う。私の場合は、父がDVだったため怖くて近寄れない存在だった。

歳を重ねていくほど、今父がいてくれたらどうだっただろうかとよく考える。

もし今も生きていたら、私は相変わらず父を嫌っていたかもしれない。普通に楽しく会話するなんてできなかったかもしれない。

だけど、死んだ人はもう二度と戻らない。残された人たちの後悔や悲しみは、これから先ずっと残り続ける。

とにかく今は、三浦春馬さんが抱えていたものすべてから解放されたと願いたい。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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プロフィール
2あそこのほくろ

小説家を目指す主婦。「通りすがりの人の身体のどこかにあるほくろくらいどうでもいい話」をコンセプトに、このブログで3分で読めるエッセイや執筆活動についての日記・読んだ本の紹介など自由に記録中。電子書籍化決定!

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