3分で読めるエッセイ「片思いがどの恋より一番最強説」

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どうしても、忘れられない人がいる。

そう書くと、人妻であるからなんだかイケナイことのように思われるかもしれない。しかし、ここに何らやましいことはない。忘れられない人というのは、小学生の頃に片思いしていた男の子のことだ。

片思いというのは、最強である。それに、この幼い頃の片思いというのは、この先どんな恋愛にも勝る最強の恋だと勝手に解釈している。

今、その彼に会っても、とくに付き合いたいとは思わない。どうにかなりたいという感情はない。ただ、あの片思いしていた時の、なんとも言えないむずがゆいような思いが、今でも私の中で美しく残っている。彼は時折夢に現れて、姿もあの頃のままなのだ。そのたび、あの頃はよかったなぁなんて、どうにもならないことをひとり思いふけるわけである。

なにがそんなに美しいのかと言えば、大人になった私は欲望の固まりみたいな人間なので、あの頃のように「ただすれ違うだけでいい」「ちょっとでも話ができたら最高」だけではもうどう頑張っても無理なのだ。

今もし恋したとしたら、ただすれ違うだけなんて寂しすぎるから、当然恋人同士になりたいと思うわけである。キスしたり手を繋いだりとそういうことを考えるのは、決して悪いことではないけれど、小学生の頃の純情な私にとってはそこまで大人な妄想はできなかった。さらに、今となっては、たくさんお金を稼いでくれて、私を楽させてくれて、時々さりげなくほしいものをプレゼントしてくれる。そんな高い、高すぎる理想である。

その顔でよく言えたな!と言われたら、言い返す言葉はない。文章上では顔が見えないのでありがたい。

私が当時好きになった男の子は、実は年下だった。六年生で卒業するときほど、悲しかったことはない。同じ学校にいることもできないわけだから、中学生になるのが嫌で嫌で仕方がなかったことを今でもよく覚えている。同じ委員会だったことをきっかけに彼のことを好きになったわけだが、小学校を卒業し、中学生として彼が入って来るときには、私たちはもう知らない者同士だった。小学生同士だった頃は、まだよく話をしたけれど、中学生になって、会うことも話すこともない。そして、私が部活の後輩として可愛がっていた子と付き合っていることを知り、ちょっと複雑な心境になったものだ。

そんなわけで、ただ純粋に相手に恋できるというのは強い。手を繋いだり、付き合う姿すら想像ができないほどの純情が、美しさになる。だから、彼だけはこの先一生忘れられない男なのだ。

 

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凛子

小説家を夢見る主婦。「通りすがりの人の身体のどこかにあるほくろくらいどうでもいい話」をコンセプトに、このブログで3分で読めるエッセイを執筆。小説家になろう・カクヨム・アルファポリスにてオリジナル小説を公開。